【はしがき】   基本的な構成・潮流について述べる.先ず,医学臨床研究論文読解の  必要に迫られている読者(医師だけでなく薬剤師・製薬企業の方々)を対  象に,「EBM実践のための統計学」について解説する.その理由は,取り  分け,統計学的観点からは,その十分な読解は,決して容易ではなく,  表層的な理解に終わったり,最悪の場合には誤解に至るからである.   次に,「読解」から,更に一歩踏み込んで投稿論文の「受理」成就と  なると,そのために越えるべき世界水準のhurdleは我が国の医学臨床研  究者にとっては相当に高いように思われる.また,hurdleの高さについ  て認識が不足しているように思われる.これは,統計解析に関する日頃  のconsultationを通じて痛感する事実であり,筆者なりに確かなevidence  を持っている.つまり,認識のないまま,「論文投稿→かなりのcaseで  統計解析に関する深刻なreviewers' commentsの受け取り→その意味が理  解できない・手の打ちようが殆どない!(事前に相談を受けていたなら未  だ傷は小さくて済んだ!)」というcaseを多く経験している.こうした事  態は抜本的改革が必要であろうし,ここでの解説でそれが完全に打開で  きるとは思ってはいないが,応急処置になり,また抜本的改革の必要性  を体感して頂く契機になればと思う.ここでの急所は,@研究開始以前  の時点での十分な研究計画の練成であり,これが研究の成否の9割を決す  るとして過言ではないこと,A世間でしばしば見られる,検定に関する  過信・妄信(検定は,偶然誤差への対処法でしかないのに,交絡以外のbias  への対処法だとの誤解)とそれによる致命傷となる「落とし穴」への陥落へ  の警鐘を鳴らすこと,B検定法については,難解でしばしば誤解される  もの若干に絞り込んで,陥落防止のための解説をすることとした.今回  の出版原稿において参考文献として,大学を卒業して製薬会社の医薬品  基礎研究所に入社した当時,入手にした,bibleとして記憶に残る佐藤信  先生の著書を見直したところ,偶然に,当時は読み過ごしたかも知れない,  その後の筆者の経験からすれば,強く共鳴・共感する記載が目に飛び込ん  で来たのである.折角なので,引用しよう.それは,― 推計学をじゅう  ぶんに理解していない人たちが,しばしばおかす誤りが二つある.第一は,  実験や調査が終わってしまってから,そのデータを統計学者のところに持  ち込んで,「もっと良い方法」を相談する誤りである.この誤りは,推計学  を“集計学”と理解しているタイプの誤りと言えよう.実験・調査の結果  から,どの程度の情報量が得られるかは,計画の段階で既にきまってしま  うものである.したがって,統計学者に相談するならば,それは計画の段  階からしなければならない.第二は,実験・調査の計画に偏りがあり,妥  当でないことには一向に無頓着にそのデータに高度の統計的方法を適用し  さえすれば,信頼できる結論が得られると考える誤りである.この誤りは,  推計学を妄信するタイプの誤りと言えよう.佐藤信,「推計学のすすめ」,  p.172,講談社blue backs,1971年,第8刷.妥当にもlong sellerである!  ― とある.なんと!これらは,今回の出版で解説の主題なのである!  (佐藤先生の本では,紙幅の都合と主題との関係から,その意味は何なの  か?何故そうなのか?については,解説がないし,そうした解説は,統計  学教科書にも,一般的には見掛けない) 第一・第二について,本書では,  第8章から第11章までの4つの章達をその解説に正当にも費やしていること  が判明する! こうした偉大な先達が,何十年も前から警鐘を鳴らしてい  るのに,現在においても,抜本的な改革が見られないのは,自然科学的基  盤に立脚する研究の未熟成を示唆する点で深刻であり,遺憾でもある.そ  うした現状にささやかながらでも,本書が一石を投じることができれば,  それは筆者の至福の喜びである.    (なお,本書の内容は,日本化薬活纐事業本部診断薬室の診断薬NET*  に連載中の「目からウロコの医学統計学講座」と類似するものとなっている  一方,連載での2回分以上が本書で1章分として再構成された部分が大半を  占めるし,未連載の内容が本書では収載されている部分もある.  *:http://www.shindanyaku.net/).この連載については,当室学術主管  の工藤恵子氏に,原稿校正などでお世話になって来た.   こうした科学的EBM的素養が必要とされる,読者を代表して,臨床研究者  や製薬会社などで臨床開発研究・市場開発関連業務従事者から,これぞと  思う,次の諸氏(敬称略) ―小賀徹京都大学大学院医学研究科講師),尾  長谷靖 (川崎医科大学呼吸器内科講師),西山賢一(帝國製薬株式会社 臨  床開発部),奈良 一彦(Scientific Thought & Ideology Lab),島田郁美  (長崎大学医学博士PhD課程),伊東俊幸(近土写真製版株式会社メディカル  事業部部長),安部史紀(International Immunopharmacology副編集長)―  に,事前査読をお願いし,読者としての意見など頂戴したことに,篠原出  版新社,井澤泰編集長に加えて,感謝の意を表する.   また,以下は,本書を読み解くときの急所や留意点などである.   ・<<診断test>>   真偽(true or false)を問う形式のものは,偽(false)との解答を期待し  ている.換言すれば,初心者だけでなく,場合によっては,世間の一部で  は,真(false)と解答してしまう,つまり誤解が見られ,その意味では,  「落とし穴」であることに注意されたい.また,「〜を知っている」形式のも  のは,〜を知らなければ,是非知って欲しいとの期待を込めたものである.   ・英語の原語のままの表記の採用,換言すれば,カタカナ表示の原則廃    止   拙監訳,「基礎から理解できる医学統計学」,篠原出版新社,2008年の第  0章,表0-9の趣旨に従い,それを採用した.但し,引用した論文などでは,  当然ながら,そこでの表記を採用した.   ・送り仮名など   これは,個人的嗜好の問題と言われそうである.それを覚悟で,曖昧で  不整合のある?国語の正統的表記法をささやかながら破戒する.例えば,  「ワリアイ」という純正和語の正統的表記法は,「割合」であるものの,本書  では,「割り合い」とした.漢語ではないことを明確化するためである.「比  率」は,漢語的造語であるが,取り分け,漢語nativeにとり,「割合」と表記  すると,「カツゴウ」と読んで似非漢語と混同するであろう.和語「ハナシ」  も同様な趣旨で,「役割」や「話」とせず,「役割り」や「話し」とした.こうし  た動詞の名詞化したものにおいては,漢語一文字表現可能な場合には,送  り仮名を省略するruleがあるのだろうかとも推測した.しかし,和語「タヨ  リ」は,「便」や「頼」ではなくて,「便り」や「頼り」が正規の表記法である.  「気分」は,読み方・表記法からしても漢語であるが,「キモチ」は,漢語+  和語の合体で,それが区別するべく「気持ち」と表記する.しかし,「試合」  は,「シゴウ」ではなくて,「シアイ」との読みからすれば,漢語+和語と推  測される.そうであれば,「試合い」と表記すべきではないのか.どうも,  国語の表記法は,科学的視点から整合性に欠けるとすれば過言であろうか?  脱線になるが,筆者の推理では,「シアイ」は,実は,純正和語であり,語  源的には,「スル+アウ=シアウ」の名詞化されたものではないのか.「ス  ル」は,「シ+ズライ,シ+カケル」のように変化する.つまり,「シアイ」  とは,2者の間でのなんらかの交渉・交互作用を示唆する.「ハナス+ア  ウ」⇒「ハナシアイ」も然り.こうした弁別の眼力が,古代のこの国のコト  ノハの実体とその形成過程や分布を解析する時,必須の方法論となると筆  者は考えるに現在至った.   ・凡例   =・―・⇒・←・⇔などの記号を,取り分け,表中で使用した.国語表  記法に苦言を呈しながら,これらについての明確な使い分けをしたと胸を  張れるものではない.感覚的になるが,以下の通りである.「=」は言う  までもない.    ―:付言的,副題的な関係を示唆    ⇒:話しの論理的・経時的なsequenceから順方向を示唆,      象徴的には,因(原因)⇒果(結果)    ←:話しの論理的・経時的なsequenceから逆方向を示唆,      象徴的には,因(原因)←果(結果)    ⇔:対比的関係や比較・参照を示唆   数字表現は,漢字ではなくて,可及的に算用数字とした.但し,「一定」,  「一説」,「一気」などは,「二定」,「二説」,「二気」などは存在せず,「1」の  意味がないために,そのまま漢字数字表記とした.   無生物+「達」の使用を断行した.これは,拙著,「多変量解析入門―線型  代数から多変量解析へ」,篠原出版新社,2005年で既に採用した.複数であ  ることを明確にしたい局面がある.日本語では,その標的が生物であれば,  「達」が堂々と使用できる一方で,無生物では,「星達」や「雲達」などとは,  詩人などでない限り,違和感がある.しかし,ここは,情報の正確な伝達  を最優先して,詩人の立場になり,必要な局面では,「施設達」,「薬達」,  「vector達」とした.                 【目 次】  第T部 医学論文を統計学的側面から読解できるようにするため 1   第1章 疫学を視野に入れたい医科学研究の分類        2    1 専門分野から観た試験(医科学研究)の各種研究法の分類 2    2 bias回避の視点からの試験の各種分類法         4    3 検証すべき内容から観た分類法             6    4 疫学的視点からの各種研究法の分類           8     第2章 疫学的指標とその特徴                14    1 臨床医学・疫学的用語が理解できているか        14    2 ratio                         20      第3章 疫学固有の指標                   28    1 ratioのdifference                   29    2 "rate"「速度」                    32    3 その他                        35      第4章 因果推論                      44    1 命題の成立と十分条件・必要条件            44  2 因果推論と「必要条件」・「十分条件」         49    3 その他                        51    4 最後に                        53      第5章 ITTと無作為化(randomization)           54    1 ITTとは何か?                     55  2 ITT vs.ITT解析                    56    3 ITT原則と実際適用上の諸問題              58    4 求めるべき最終goal とは何か?             60     第6章 研究結果の妥当性・一般化可能性とrandomization    62    1 studyのvalidity                    62    2 randomization(無作為化)の曖昧             68     第7章 EBMとmeta-analysis                 71    1 EBM運動(movement)の機運とmeta-analysis       71    2 EBMの実践方法                     74    3 EBMの実践のための組織化の動き             76    4 meta-analysis                     76    第U部 投稿論文reject回避法                 87   第8章 CONSORT                       88    1  CONSORT                       89    2 投稿規定を読むときに忘れてならない注意点       94    3 CONSORTの精神・理念をbias checkerという視点から看破する94     第9章 biasの3大分類化                   96    1 理想的な研究が満足すべき条件とは?          97    2 bias                         98    3 疫学的視点から観た,様々なbiasの網羅と解説      100    4 bias checkerとしてCONSORTを観る            102    5 結論と留意点                     110     第10章 biasの脅威と統計学的手法の限界           111    1 研究とは,bias,bias,そしてbiasとの永久戦争     112    2 論文投稿のための理想的な準備時期とは?        118    3 投稿論文受理のための研究design立案からreport作成,     投稿,temporal flow                  118     第11章 医科学論文の作成と統計学的急所           120    1 医学関連分野における研究の概観と留意点        120    2 研究のためのprotocol作成から投稿・受理を達成する     までの留意点                      121     第12章 必要例数の設計と具体的留意点            132    1 「統計的有意性」を決める因子             133    2 例数設計に必要な残り2つの要素−αとβ         136    3 実践に際しての「落とし穴」              138    4 データの各種性質とそれに対応する例数設計式      139    5 各種試験designとそれに対応する例数設計式       141    6 検証の種類とそれに対応する例数設計          142    7 その他留意点                     143    8 例数設計を主題とした総説的論文            143     第13章 検証法の種類:非劣性検証法vs.同等性検証法との相違 145    1 conceptとしての「検証法の分類」            146    2 各検証法とそのための検定と推定            149    3 各検証法とσ・Δ−まとめ               155    4 各検証法とそのための例数設計・その考え方       156    5 ICH-E9・E10での非劣性に関する記載と留意点       156     第14章 実験計画法と試験design               159    1 実験計画法とは何か?                 160    2 bias最小化・精度最大化への道             165    3 臨床研究と実験計画法                 170     第15章 要因計画と交互作用の検出法             174    1 分散分析(ANOVA)からfactorial designへ        175     第16章 cross-over designの急所              197    1 cross-over法のdesignについての本質的理解の修得    197    2 carry over effectや順序効果:非統計学用語vs.交互作用     :統計学用語との鑑識眼修得の奨め            200   第17章 経時的測定data解析の問題点             208    1 反復測定dataの解析における問題点           209    2 多重性を回避できる,世間的に流布する代表的な検定手法 214    3 「乱塊法design」を「反復測定data」への応用の際に発生     する危険性のある問題                  225     第18章 期待される,「経時的測定data」の解析法の素顔    236    1 「経時的測定design」の定義              238    2 「要約指標」を採用した接近法             245     第19章 多重回帰分析                    253    1 単変量解析から多変量解析への準備           255    2 単回帰分析から重回帰分析へ              263    3 「重」回帰分析vs.「多」変量解析            268     第20章 共分散分析法的接近法の効用・特長の解明       270    1 出力に線形的変化(増減)を及ぼさない変数の処理法   271    2 ANCOVA                        273    3 MANOVAとは?                     287     第21章 logistic回帰分析から多重logistic回帰分析へ     292    1 logistic単回帰分析の接近法の必要な場面        292    2 logistic回帰分析の接近法の仕掛けと特長        294    3 logistic回帰分析における説明変数の性質と対処法    299    4 「2」「変量」限定logistic回帰分析vs.Matel-Haenszel法     の位置付け                       301    5 単変量解析結果vs.多変量解析結果            303     第22章 ROC曲線手法と多重logistic回帰との結合       305    1 従来法の問題・欠陥とROC曲線手法の特徴・特長      307    2 ROC曲線手法と単変量・多変量解析との関係        312    3 泌尿器科領域でのnomogram作成への多重logistic回帰の応用321     第23章 生存時間解析                    322    1 生存時間解析の急所                  322    2 生存時間解析の各種手法                333     第24章 単変量Cox回帰から多変量Cox回帰へ          350    1 Cox多重回帰とは?                   350    2 単変量Cox回帰/Cox単回帰               351   索引                            367