推薦の言葉 わが国の医療水準は高い水準にありますが,医療を取り巻く諸環境は大きく変化しています. 特に医療の質の向上をめざした医療提供体制の充実は急務であり,そうした活動は医療機関 を中心に高まっており,良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部改正 も行われる状況にあります.そして,医療活動における安全文化を醸成させる活動の必要性 は喫緊の課題となっています.2003年12月に厚生労働大臣医療事故対策緊急アピールに「人」 を軸とした施策の一つとして,「医療機関における安全・衛生管理の徹底?産業医制度の活用」 が「医師などの資質の向上」などと並んでその重要性が示されました.産業現場においては, 従業員の産業保健活動を推進することがより良い企業活動の基盤となることは明らかであり ます.これまで医療機関での産業保健活動は医療従事者自身の専門性に委ねられ,十分に組 織として取り組まれていなかったのも事実であります.昨今は医療機関で用いる化学物質の 管理に関して,例えば特定化学物質等障害予防規則がエチレンオキシド滅菌に適用され,ま た,内視鏡消毒のグルタルアルデヒドのばく露防止対策の指針にもみられるように,医療機 関の組織として取り組む必要性が増してきました. しかしながら,医療従事者を対象とした安全衛生管理活動の具体的な方策を示す書籍はあり ませんでした. 本書は,医療機関での産業保健活動を実際に行っている専門家等により分かりやすくそして 具体的にそれぞれの活動の方策について記述されています. 医療従事者を対象とした産業保健活動を推進することは,医療安全活動の土台をより強固に することは言うまでもありません.本書が事業者である病院長をはじめ,産業医,保健師, 看護師,薬剤師,および放射線技師,臨床検査技師等の方々に利用され,医療従事者のため の産業保健活動の推進ひいては医療の質を向上に寄与されることを期待しております. 平成18年4月 北里大学名誉教授 独立行政法人労働者健康福祉機構医監 高田 勗 推薦の言葉 産業保健活動の裏付けの法律とも言える労働安全衛生法が制定されたのは,昭和47年のこと ですが,それ以前から日本医師会は故武見太郎会長の指導の下に,産業保健活動に取り組ん できました.そして,平成2年からは,日本医師会認定産業医制度を発足させ,現在7万人に 近い日本医師会認定産業医が誕生しています.認定産業医の多くは,当然のことながら,医 療機関に所属しており,地域の事業所における産業医として活躍しています.しかしながら, 足元の医療機関についての産業保健活動への配慮が欠けていることが案外と多いような気が します.医療従事者自身の健康問題や疲労などにより,医療上望ましくない事態が引き起こ されることは,現在大きな課題となっている患者の安全確保に支障をきたすことにもなりか ねません.本書は,医療機関での医療従事者を対象とした産業保健活動に必要な知識や重要 な情報を提供してくれます.医療機関の産業医や衛生管理者だけでなく,看護師や臨床検査 技師などの管理職さらには経営に携わる方まで,幅広く読まれることで産業保健活動が推進 され,ひいては医療の質の向上に役立つものとして期待しています.ぜひ一読されるよう推 薦いたします. 日本医師会前副会長 櫻井秀也 監修の言葉 医療従事者を取り巻く環境が大きく,そして早く変化しています.本書のテーマである医療 従事者のための産業保健活動もその重要性が増してきています.例えば,2005年6月に研修 医の労働者性が最高裁判所より示されました.また医療の質の向上に関しても医療従事者の 健康管理が取り上げられています.医療機関ではこれまで以上に医療従事者の健康と安全へ の取り組みが求められるようになります. 医療従事者を養成するには,莫大な時間と費用が費やされます.安全対策を怠ったための針 刺し事故によるB型肝炎罹患,職場での配慮や早期の介入が行われずにバーンアウトやうつ 病などのメンタルヘルス関連疾患による欠勤など,医療従事者の能力が十二分に発揮できな くなることは絶対に避けるべきです. 有名な格言にMedice, cura te ipsum. (医者よ,汝自身を治せ)とあります.現代において も医療従事者の自己管理の重要性は変わりません.さらに付け加えるべきこととして,組織 として積極的に医療従事者の健康や安全の確保に取り組むことが重要であると言えるでしょ う.本書でもマネージメントシステムや組織としての取り組みの方法や事例が示されていま す.医療従事者の健康管理は,保健所と労働基準監督署の縦割り行政と,医療法と労働安全 衛生法の重複管理のために,分かりにくくまた十分実行されていなかったと思われます.本 書は立ち後れている医療機関での産業保健活動の推進にお役に立てると考えています.また, すでに1,771病院(2005年9月26日現在)が認定されている,財団法人日本医療機能評価機構 の病院機能評価でも産業保健活動の取り組みが評価調査票に多く含まれています(付録参照). その具体的な手法について本書がお手伝いできると考えています. それぞれの項にはアクションチェックリストを掲載しております.まずは現段階の評価とし て現場の課題に優先順位をつけ,一つひとつ取り組みを行うことが重要です.よく言われる ことですが,新しい考えが周囲に納得されるまでには時間がかかります.医療機関でのこう した活動はまだまだこれからの活動であり,担当される方には苦労が多いかと思います.し かし,これらの課題は,すぐにでも取り組まなければならない問題であり,必ずや数年後に はその行動と成果が評価されることになると考えられます. 本書の編集作業には,篠原出版新社の元井真奈美さんが多忙な中,献身的な貢献をされまし た.厚く御礼申し上げます.また同社の井澤泰氏の積極的な支持に感謝いたします.コラム の筆者であると共に挿絵を作っていただいた奈良井理恵先生(マツダ株式会社健康推進セン ター・産業医)に深甚な謝意を表します. 平成18年4月 北里大学医学部衛生学公衆衛生学教授 相澤好治 【目 次】 推薦の言葉 (高田 勗) 3 推薦の言葉 (櫻井秀也) 4 監修の言葉 (相澤好治) 5 アクションチェックリストの使い方について (和田耕治) 8 第1章 総 論 9  1.医療従事者をとりまく現状 (相澤好治) 10  2.なぜ医療従事者のための産業保健活動が必要なのか (相澤好治) 12  3.リスク管理の手法 (佐藤敏彦) 14  4.労働安全衛生マネジメントシステム(OSH-MS) (吉川 徹) 18  5.医療安全との関わり (小嶋清子) 23  コラム1-1 わが国における医療安全の取り組み (和田耕治) 17  コラム1-2 カナダにおける医療機関での産業保健活動        ーオタワ大学付属病院群での取り組みー(タナカ千恵子) 21 第2章 感染症から守る 27  1.感染症総論 (松田和久) 28  2.職業感染とその予防 特に針刺し事故による曝露対策 (松田和久) 33  3.空気感染する可能性のある感染症 (武内浩一郎) 48  4.医療従事者が行っておくべきワクチン接種 (拝野貴之) 58  5.感染症に罹患した医療従事者の就業制限 (岩田健太郎) 65  6.バイオテロ (郡山一明) 71  コラム2-1 B型肝炎,C型肝炎に関する安全配慮義務 (奈良井理恵) 32  コラム2-2 看護助手に必要な教育 (城戸滋里) 46  コラム2-3 SARSに対する院内感染対策 (今井鉄平) 54  コラム2-4 病院給食職員の産業保健 (長須美和子) 56  コラム2-5 血液媒介病原体に感染した医療従事者の業務 (和田耕治) 63  コラム2-6 疥 癬 (関なおみ) 64  コラム2-7 家庭に乳幼児がいる場合に配慮すべき点 (福島慎二) 69  コラム2-8 職業感染制御研究会 (吉川 徹) 70 第3章 化学物質から守る 75  1.グルタルアルデヒド (和田耕治) 76  2.エチレンオキシド (和田耕治) 81  3.医療ガスと麻酔ガス (横山 徹) 84  4.解剖や病理で用いる化学物質 (欅田尚樹) 88  5.ラテックスアレルギー (内藤 徹) 92  6.抗がん剤等の薬品の扱い (角田正史) 96  7.化学物質による中毒患者から医療従事者への二次曝露対策 (工藤雄一朗) 100  8.化学兵器物質の曝露対策 (郡山一明) 104  コラム3-1 MSDS(化学物質等安全データシート) (和田耕治) 80 第4章 ストレスや疲れから守る 107  1.仕事のモチベーション (坂田由美,田中克俊) 108  2.メンタルヘルス (坂田由美,田中克俊) 112  3.過重労働 (荒武 優,城戸滋里) 120  4.交替勤務 (加藤憲忠,城戸滋里) 124  コラム4-1 通勤時の交通事故と疲労 (和田耕治) 123  コラム4-2 睡眠不足と医療事故 (三木猛生) 131  コラム4-3 ベル・コミッションと研修医たち        ー米国の研修医と労働時間の変化ー (岩田健太郎)132 第5章 その他の危険有害要因から守る 135  1.職業性皮膚疾患 (山元 修) 136  2.放射線 (岩波 茂) 140  3.人間工学(腰痛) (西川英樹) 148  4.医療機関での暴力 (渡邊光康) 155  5.室内空気環境 (石橋美生) 160  コラム5-1 カナダにおける医療機関での産業保健活動        ー腰痛対策ー (タナカ千恵子) 153  コラム5-2 VDT(visual display terminals)作業 (西埜植規秀) 154  コラム5-3 医療機関での快適職場づくり (篠崎典良) 157  コラム5-4 セクシャルハラスメント (荒木葉子) 158  コラム5-5 医療従事者とタバコ (原田 久) 165 第6章 医療機関での産業保健の実践 167  1.安全衛生委員会 (塚原照臣) 168  2.安全衛生管理体制 (塚原照臣) 172  3.医療機関のグッドプラクティス   (1)横浜労災病院の取り組み (武内浩一郎) 176   (2)東京都立墨東病院の取り組み (藤田 浩) 182  4.健康診断 (岡田 純) 185  5.職場巡視 (和田耕治,織田 進) 194  6.労働災害が起きた時の対応 (和田耕治) 200  7.女性の医療従事者に就業上に必要な配慮 (渡部真弓,太田 寛) 203  コラム6-1 健診機関に必要な産業保健活動 (森口次郎) 192 付 録 209  医療機関で必要な法令・通達 (石井義脩) 210  財団法人日本医療機能評価機構自己評価調査票(一般病院版)V5.0より  関連事項の抜粋 221  医療安全管理指針のモデルについて 228 索 引 239